蒼夏の螺旋  “晩秋アクシデント”
 



  む〜ん…。


何だか暑くて暑くてしょうがない。
俺もルフィもあんまりエアコンに頼るのは好きじゃあないものが、
今年は結構お世話になったほどもの猛暑だった、
あの夏の余韻だろうか。
いやいや、ちょっと待て。
それはいくらなんでも溯り過ぎだ。
関西地方は九月いっぱい真夏日が続いたとかいう話だったけれど、
こちらはそこまで凄まじかった訳じゃあないし、
それより何より、
もう 11月だぞ? 神無月の、十一月。
東京でも街路樹のポプラやイチョウが色づき始めてて、
朝晩はそろそろ薄いのでいいからコートが要るかななんて思うほど、
外を吹く風も冴え冴えと冷え始めてて。
そんなところまで秋も深まったってのに、
冬の話をするならともかく、夏の延長かもないもんだ。
う〜〜〜、でも何だか暑いよな。
それと、何だか……重い。
腹の上にまるで何かが乗っかってるような、そんな圧迫感がする。
もしかして、これが世にも有名な“金縛り”ってやつなんだろか。
でも、あれも色々と科学的に説明がついてるっていうよな。
脳は浅い睡眠期なんで微かに目覚めかけていて、
体の方はほのかに“うたた寝中”って間合いになってて、それで。
物音が聞こえてたり“起きて”いるのに、体が動かなくて焦るんだって。
あと、旅行先のホテルや旅館でなるのが多いのは、
旅先での興奮状態からやっぱり眠りが浅いとき、
意識して見ていたわけでもないけれど、
記憶には焼きついてる客室の様子が、
夢の中であまりにまざまざ思い出せたりするもんだから。
今起きているものと錯覚し、なのに身体が自在に動かなく………って、
と、こちらは後から思い出して背条が寒くなる手合い。

  ―― どっちにしたって、
      今の俺には縁のないものなはずだよな…。

ゆらゆら漂う、うたた寝の海はあたたかで。
けれど、色々なものが少しずつ、
鮮明に克明に、姿形を、気配を、届けてくる。
少し しなっとしたシーツの感触。
厚いめの羽毛のに取り替えたばかりの掛け布団の匂い。
遠くからのそれのよに聞こえるのは、
マンション前の幹線道路を行き交う車の音。
静かな部屋だからこそ耳へ届く、
さあさあとも しんとも聞き取れる、空間の無音。
ああ、ここは間違いなく自宅の寝室だ。
だったら…だったら? ………だったらっ!

 「…っ!」

無理から ばちぃっと瞼を押し上げれば、
妙な距離感の向こうに見慣れた顔があって。
添い寝の近さじゃない、けど、
ベッドの脇から見下ろしてるっていう遠さでもない。
第一、それだとこんな“真正面”にはいられない。

 「…襲い受けか? ルフィ。」
 「そんな萌え語使うようじゃ、まだ熱は引いてないな。」

目許を眇めて、えっへんと威張った小さな奥方だったが、

 「熱?」
 「おお。」

ちょっぴり怒っているような、
そんな時の声だと思い出したのが今頃だってのからして。
成程、確かに本調子ではないらしいと、
そんな順番で自分の体調に思い当たっているご亭主へ、

 「その様子じゃ、30分前にも一回起きたっての、覚えてねぇんだろ。」

膝立ちになっていたものが、ぐっと前へと身を倒したルフィとしては、

 「会社、行かなきゃって言い出してサ。そりゃあ…時間は合ってたけどサ。」

恐るべし体内時計と、納得がいったのも、もう一回寝かしつけてからのこと。
どうして?と捕まえた大きな手が、びっくりするほど熱くって。
これはと原因へ想いが至ったそのまま、

 “腕を逆さひしぎにして、も一回寝ないと泣くぞって脅して横にして。”

そしてそしての、こうやって。

 「跨がっておかなきゃ、人の隙を見て部屋から出てこうとしてた。
  そんな手ぇかかる重病人なんだからなっ、ゾロはっ。」

 「………それは…すいません。」

お手を煩わせましたごめんなさいと、素直に謝るゾロへ、
大上段におりますよという姿勢のまま、
胸高に腕を組み、むんと大威張りする奥方だったが。


  ………もう いい加減、腹の上から降りてやんなさいってば。
(苦笑)





   ◇  ◇  ◇



 熱があってのぼんやりしていたからこそ、目が覚めたそのまま、出社の支度へと体が動き出したゾロなんだと思う。意識がしゃっきりしている今なら、そんな必要なはいこと、ちゃんと判断できたはず。
「会社…っていうか。ゾロは今日はお休みだ。」
 ちゃんと日曜に休み取れただなんて一体どういう奇跡だろなんて、茶化してたのがいけなかったのかも知んないねと。ベッドサイドの卓の上に置いた、レースみたいな縁取りのある、お気に入りの深皿へ。リンゴを剥いて、梨を剥いて。今は真っ赤なアップルマンゴーに手をかけているルフィが、そんなことを話しかけ。
「…そうだったよな。」
 すっかり忘れておりましたと、ちょっぴり罰が悪いと言いたげに、決まり悪そな声を返した旦那様。しかもしかも、今日はゾロのお誕生日でもあって。
「カウントダウンするんだなんて、急に思いついて言い出した俺に付き合ってサ。」

 『そうそう、流れ星がいっぱい降るんだろ? 今頃って。』

 あんまり夜更かしが得意じゃないから、俺、実は一度もホントの生の流れ星って観たことねぇんだ。だから、
「それ見つけるまで寝ない、なんて言い出したのに付き合って…。」
 もう随分と器用になって。ゾロにも判らぬ、珍しい果物とか、すいすい剥けるようになっているルフィが。
「…ルフィ?」
 ふと手を止めたのは、あのね?

 「結局寝ちまった俺の代わり、
  ずっとベランダにいて、流れ星来ないかなってDVDに録画してたなんてサ。」

 なんでこんな、頑丈なゾロが急に熱出したなんてと、心当たりがなさすぎるまま、それでも大慌てで掛かり付けの岸本センセーに電話しようとして。リビングのテーブルに出しっ放しになってたハンディカメラを見て、やっと原因が一つながりに判ったルフィで。

  「……………。」
  「……ルフィ?」
  「ゾロのおバカ。」
  「…うん。」
  「今日は晩ご飯 奮発しようと思ってたのに。
   そんな様子じゃ、にゅうめんとか おじやしか食べらんねぇじゃんか。」
  「ああ。」
  「昼は出掛けて、
   風間くんから教わったイチョウ並木の穴場に行こうって思ってたのによ。」
  「………ごめん。」

 それからそれから、肉まんを山ほど買って来て、新作DVDの鑑賞会とかやろうって思ってたのに。それから………。

 「ルフィ?」

 不意に黙りこくってしまった奥方へ、ゾロが心配して声をかける。せっかくの休みを自分の不手際で潰してごめんと、重ね重ねのどんだけでも謝る所存だったらしくって。雄々しくも逞しいのに、空き巣が居直って刃物でルフィを捕まえてたの、一撃で倒したほどの猛者だってのに。さっきまで跨がってたお腹も、いつも頬を寄せてる胸板も。今はあんまり本格的なトレーニングはしてないのに、まだまだ堅くて頼もしく。一流商社のサラリーマンなのに、真剣本気の眼差しで見据えられると…ちょいとやんちゃな筋のお人でも、一目置くのか道を空けて下さったり、目礼を返して下さったりする。恐ろしいかもしんないレベルの重厚さを、まだ若いのに持ち合わせてるような、そんなとんでもない偉丈夫なのにね。

 「………。」

 すぐ傍らの小さなスツールに腰掛けている、ちょこりと小柄な奥方が。不意に何も言わなくなってしまったものだから。

  ―― そんなにも怒っているのかな、
      いやいや、ビックリしたんだからと、
      気が緩んでの泣きそうになっているのかも。

 ベッドに横になったまま、俯いてしまった奥方の様子をじ〜〜っと見つめて…幾刻か。

  「るふ…」「ぃやったぁ〜〜っ。上出来っ!!」

 ごめんと。もう一度謝ろうとしかかったゾロのお声へ、まるで…長々と洗面器にお顔を浸しての“息とめ競争”でもやっていたかのような、勢いのいいルフィのお声がかぶさった。
「ほらほら、ゾロ、見てて見ててvv
「???」
 打って変わってのいやにワクワクと。はしゃいでさえいるルフィが、自分の手元へ注目せよと言って聞かなくて。
「? ああ。」
 なんだどうしたと不審は解けぬまま、それでも言われた通りに彼の手が降りていたお膝の上を覗き込めば、

 「3、2、1、GOっ!」

 カウントダウンに続いて、ルフィの両手が縦半分に割られていたマンゴーの縁へとかかり。GO!と同時に“えいっ”と、下になっていた皮の部分、半球状態だったその底を指で押し上げてやったところ…実の部分が押し上げられたところまでは、さして代わり映えのしない、ごくごく普通の“マンゴーの捌き方”だったのだが、
「ほらぁっ、凄いだろ?」
「………おお。」
 奥方の手元に盛り上がったのは、賽の目に切り目を入れられての、キューブ型に捌かれた実じゃなくて。鮮やかなオレンジ色をした花弁の重なり合う、見事なバラのお花だったりしたもんだから、

 「どういう手品だ、こりゃ。」
 「えへへぇvv 実はサンジに教わりましたvv

 ホントはさ、もう五分咲き…じゃねぇか、綺麗な色づきが始まってるっていうイチョウ並木のベンチに座って、これやって見せようって思ってたのにサ。とうふやコンニャクやカマボコで練習いっぱいして、何とか間に合ったって喜んでたのにさ、と。そりゃあもうもう、極上の嬉しそうなお顔で不平をたらたらと並べる奥方であり、

  ―― ほら、これ食って大人しくネンネだぞ?
      何なら子守歌、歌ってやっからさ。

 にひゃっと微笑った無邪気なお顔こそが、ゾロには一番の風邪薬となりそうで。ああもうどうして、こんな素敵なプレゼント、思いつくかなお前はよと。一流商社企画部のホープ様にお手上げ万歳させた、天下無敵の奥方だったのでございますvv



 
 HAPPY BIRTHDAY!  TO ZORO!!





  〜Fine〜  07.11.12.


  *ゾロの方が臥せった話も書いたことがあったような気がしたのですけれど。
   (酔っ払った振りの話だったかな? あれ?)
   まま、重なってたらご愛嬌。
   一生に一度しか病に関わらない人なんて、そうそう いなかろということで。

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